2012年10月01日

アフガン兵

「君たちはこのCOPで何やってるの?」
私は基本的な質問を投げかけ、情報を聞き出した。

COPフォンチーにはアフガン国軍の1個中隊とフランス兵が6名が駐屯しており、その6名はアフガン兵らとともに生活し、彼らを訓練し、ともに任務に出るのが任務だという。彼らのように、少数でアフガン国軍と生活をともにし、指導する部隊をOMLT(Operational Mentor and Liaison Team)と呼ぶ。

私の英語力・日本語力では「作戦指導連絡チーム」という翻訳になる。プルキエ少佐やオアロ上級軍曹も、前回のアフガニスタン派遣では、OMLTの一員として活動していた。なお、フランス軍だけでなく、米軍をはじめ、多くの国がOMLTに人材を派遣している。

アフガン国軍1個中隊と、たった6人で活動をともにするなんて、少し怖い気もする。たまにアフガン兵がISAFの兵士を殺すニュースを耳にするし、アフガン兵による杜撰な銃口管理で暴発が起きる話も頻繁に聞く。

怖いと思う一方で、まったく異なる文化を体験できることをうらやましいとも思った。どんな国民性なのか?どんな習慣があるのか?どんな食事なのか?そう考えると、ワクワクする。私は「現地密着型」を目指している。

黒人兵と別れ、歩哨所を出た。そして、アフガン兵たちのいる貨物コンテナ兵舎に向かった。いきなりコンテナ入口に行くのは失礼なので、コンテナの周りにいるアフガン兵に話しかけることにしよう。ところが、先ほどまでいたアフガン兵たちは見当たらない。

コンテナ群を一周すれば1人くらい見つけられるだろう。私は歩きつづけた。コンテナ群を半周し、裏手にまわった。そこには、金網で組まれた骨組みに、天井など、ところどころに天幕の生地が張られた簡易的な小屋があった。

その小屋の側面の一部に、金網が張られていないところがあり、そこが出入り口らしい。その前で、1人のアフガン兵が、茶色いタオルで手を拭きながら、立っていた。目が合う。私は右手を挙げ、「ハロー」と言った。フランス語は通じないだろうが、英語なら通じるかもしれない。

そのアフガン兵は、鼻ヒゲを生やし、40歳くらいに見える。彼は笑顔を見せると、何も言わず、私に手招きをした。英語すら通じないが、仲良くしてくれるようだ。私は彼に歩み寄る。彼は現地の言葉で何かを言い、小屋に入っていった。私は中をのぞいた。調理場だ。

日本のキャンプ場にあるようなカマドが2つあり、たき火の上に大きな鍋とヤカンが置いてある。湯気があがっている。そこには、カマドの番をする、もう1人のアフガン兵がいた。30歳くらいに見える。ヒゲは生えていない。私が右手を挙げると、笑顔の会釈が返ってきた。

私を招いたアフガン兵がさらに手招きをして、もっと中に入るよう促した。私はカマドのそばに来た。鍋の中には赤茶色のスープが入っていて、大きく切ったジャガイモと肉も確認できる。ヤギの肉だろう。牛丼のような匂いがただよう。食べたい 。

そのとき、入口から新たにアフガン兵が入ってきた。私は入口のほうにふりむいた。そいつは迷彩服上下に、タン色のブーツを履き、黒いベレーも被っている。非番ではなく休憩か。

「ハロー、マイ・フレンド!」
そいつが元気よく言った。私は応じる。
「ハロー。ドゥ・ユ・スピーク・イングリッシュ?(英語を話せるのか?)」
「イエス。」
すばらしい。英語を話すようだ。いろいろ話がしたい。

アフガン兵アフガン兵
アフガン兵アフガン兵

つづく

アフガン体験記は毎週月曜日に更新します。ご意見・ご感想など、お待ちしています。





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Posted by 野田力  at 07:00 │Comments(2)アフガニスタン

この記事へのコメント
初めまして。月曜日が心待ちになるほど面白く、いつも楽しく読ませて頂いております。

外人部隊につきまして幾つか質問があり、コメントさせて頂きました。
箇条書きになってしまい、申し訳ありません。

・入隊時の体力テストの内容
・向こうに渡られた時の英語力、仏語力
・デジタルカメラは日本で買われて渡仏されたのか
・また、そのデータの保存はどのようにされていたのか
・充電はどのようにされていたのか(電圧等)
・日本にいる友人方との、電子機器での連絡は可能であったか
・ベストをご自分で購入されたとのことですが、どのくらいの値段であったのか
・入隊のために渡仏するにあたり、どの程度の金額を持っていけばいいか

至らぬところがありましたら、申し訳ありません。
よろしくお願いいたします。
Posted by なこ at 2012年10月02日 22:53
なこさん
コメントありがとうございます。

ご質問への回答は下記のとおりです。ただし、私の現役時代のことなので、今とは異なる部分もあるでしょう。

・入隊時の体力テストの内容
― 「12分以内に2800m以上走る」でした。

・向こうに渡られた時の英語力、仏語力
― 英語はそこそこ話せました。仏語は「こんにちは」「ありがとう」「1」~「10」しか言えませんでした。

・デジタルカメラは日本で買われて渡仏されたのか
― 入隊時、カメラは持っていませんでした。

・また、そのデータの保存はどのようにされていたのか
― のちにデジカメを購入した時は、SDカードに保存したままでした。

・充電はどのようにされていたのか(電圧等)
― 日本のデジカメの充電器でしたら、コンセントのアダプターを付けるだけで大丈夫でした。

・日本にいる友人方との、電子機器での連絡は可能であったか
― 連隊内にインターネットスペースがあり、そこでできましたが、日本語は打てませんでした。

・ベストをご自分で購入されたとのことですが、どのくらいの値段であったのか
― ちょっと覚えてないです。

・入隊のために渡仏するにあたり、どの程度の金額を持っていけばいいか
― 渡仏してすぐにパリの募集事務所に行くのなら、私でしたら3万円分のユーロを持って行きますね。不合格になるかもしれないので、空港と募集所の電車・地下鉄の往復分や、食費、安宿の代金などです。一応、航空券は往復で。
私が入隊するときは、パリではなくトゥールーズまで行ったので、もっと多額でした。入隊時は5000円分くらいしか持ってませんでした。
Posted by 野田力野田力 at 2012年10月04日 22:21
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