2012年09月10日
初任務
はじめに
9月5日、アフガニスタンのフランス軍特殊部隊を題材にした映画がDVD発売されました。
ストーリーには無茶があるのですが、劇中のところどころにフランス軍のリアルな戦闘技術が盛り込まれています。私も同じ技術を習ったので、見ていて懐かしかったです。
あるレビューサイトで、それらの技術を非難しているかたがいましたが、実際そうした技術があるので、それらを描写することが実はリアルだと思います。
なお、劇中に登場するフランス海軍特殊部隊メンバーの「マリウス」は本名で、実際に海軍特殊部隊のOBです。本人が本人を演じています。そのことを知っている日本人は少ないと思いますので、ここでお知らせします。
それでは連載にまいりましょう。
――――――――――
翌朝、朝食抜きでミッサニ伍長と出発準備にとりかかり、7時前に自分たちの装甲車を、FOBの出口に向けて編成された車列に組み入れた。参加するのは指揮小隊・第3小隊・1個工兵小隊だ。
ミッサニは後部座席で待機し、私は助手席のわきに設置されている無線機の受話器をとり、交信をチェックする。
「ブラック・オペラトゥール、イスィ・タンゴ・ブラック、コントロール・ラディオ、パルレー(ブラック通信士、こちらタンゴ・ブラック、交信チェック、どうぞ)」
ブラックとは中隊長のコールサインで、出発前は全車両の無線から、通信チェックの連絡が、中隊長付き通信兵に入る。ブラック(黒)は我々第3中隊の識別色だ。中隊のスポーツ用Tシャツやトレーナーも黒だ。そして、タンゴ・ブラックは第3中隊の医療班を意味する。
「イスィ、ブラック・オペラトゥール、フォール・エ・クレール、テルミネー(こちらブラック通信士、音量よく明瞭、通信終了)」
通信兵ナチェフから返事が来た。無線は異常なしだ。あとは軍医のプルキエ少佐と看護官のオアロ上級軍曹が我々の車両に乗り込めば、救急装甲車「VAB SAN」はいつでも発車できる。私は運転席上部のハッチを開け、屋根に立った。VABが2列縦隊で出発を待っている。何台かはアイドリングをしている。VAB SANのエンジンはじゅうぶん温まっているので切ってある。
ふと、VAB車列の合間を、1人の見慣れない格好の兵士が通りがかった。マルチカモの戦闘服とタン色のアーマーを身にまとい、M4小銃を右手に持ち、銃口を真上に向けている。茶色い民間モデルのトレッキングシューズを履き、頭にはグレーのキャップをかぶっている。タン色の塗装を施した、布カバーなしのヘルメットは左手でつかんでいる。
米軍特殊部隊だ。
我々フランス兵は憧れの眼差しを送った。すべてがカッコよかった。一般的にイメージされている特殊部隊員は、筋肉ムキムキでヒゲがモジャモジャだが、その隊員は細身で鼻ヒゲしかなかった。その控えめな感じに好感が持てる。タン色のスプレーを無造作に吹きかけたようなM4は、光学照準器やレーザー照射装置などのアクセサリーがついていて、時代の先端を行っている雰囲気があった。私のFAMASと交換して欲しい。
その隊員は車列を通り越し、FOBの片隅にある施設のドアの暗証番号を押し、入って行った。FOBの中の隔離された施設だ。黒い生地を張ったフェンスでできたゲートと、その端にあるドアが、我々と米軍特殊部隊を隔てている。近いうちに入らせてもらおう。
やがて、軍医と看護官が中隊長や副中隊長らとともに現れた。皆、それぞれの装甲車に乗り込む。私のとなりの助手席には、軍医が乗り、AANF1機関銃の砲塔から助手席に向かって垂れている布製の砲塔用座席に座る。ちょうど狙いやすい高さに上半身が位置する。看護官はミッサニとともに後部ハッチから、周囲を警戒する役だ。
←AANF1機関銃砲塔
軍医のプルキエ少佐は、フランス北西部ブルターニュ地方出身で、フランス軍の医大を卒業し、軍医歴は約10年だが、まだ34歳だ。身長は約170㎝くらいで細く、見た目は華奢だが、持久走はそこそこ速い。穏やかな性格で優しく、教育的で医療のことをいろいろ教えてくれる。アフガニスタンへは、実は2度目で、前回は南部のカンダハルにいたらしい。
看護官のオアロ上級軍曹は、少佐と同じくブルターニュ地方出身で、身長も170㎝くらいだ。もともとはフランス空軍で看護官をやっていた。空軍除隊後、30代半ばで外人部隊に入り、再び下っ端から軍隊生活をやり直し、下士官となったあと、看護師資格があるため、看護官の役職に就いた。現在45歳と高齢だが、足が速いし、実際よりも5、6年若く見える。プルキエ少佐とともにカンダハルに派遣されていたそうで、アフガニスタンは2回目だ。
←オアロ上級軍曹(奥)とミッサニ伍長(手前)
「全隊、出発。」
無線から中隊長の声が流れた。
私はエンジンをかけた。前にいる、ウィルソン上級曹長のVABが進みだした。砲塔に上級曹長の後ろ姿が見える。私は10mくらいの間隔をあけ、発車した。運転席裏に位置するエンジンルームで、ウォンウォンとエンジンがうなる。いよいよだ。
FAMASは運転席左はしの専用スペースに立て掛けてある。弾倉は入れてあるが、薬室に弾は込めていない。「緊急時以外、装填するな」という命令だ。危険度の低い任務だということでもあるが、その確信が私は持てない。
つづく
アフガン体験記は毎週月曜日に更新します。ご意見・ご感想など、お待ちしています。
9月5日、アフガニスタンのフランス軍特殊部隊を題材にした映画がDVD発売されました。
ストーリーには無茶があるのですが、劇中のところどころにフランス軍のリアルな戦闘技術が盛り込まれています。私も同じ技術を習ったので、見ていて懐かしかったです。
あるレビューサイトで、それらの技術を非難しているかたがいましたが、実際そうした技術があるので、それらを描写することが実はリアルだと思います。
なお、劇中に登場するフランス海軍特殊部隊メンバーの「マリウス」は本名で、実際に海軍特殊部隊のOBです。本人が本人を演じています。そのことを知っている日本人は少ないと思いますので、ここでお知らせします。
[DVD] スペシャル・フォース |
それでは連載にまいりましょう。
――――――――――
翌朝、朝食抜きでミッサニ伍長と出発準備にとりかかり、7時前に自分たちの装甲車を、FOBの出口に向けて編成された車列に組み入れた。参加するのは指揮小隊・第3小隊・1個工兵小隊だ。
ミッサニは後部座席で待機し、私は助手席のわきに設置されている無線機の受話器をとり、交信をチェックする。
「ブラック・オペラトゥール、イスィ・タンゴ・ブラック、コントロール・ラディオ、パルレー(ブラック通信士、こちらタンゴ・ブラック、交信チェック、どうぞ)」
ブラックとは中隊長のコールサインで、出発前は全車両の無線から、通信チェックの連絡が、中隊長付き通信兵に入る。ブラック(黒)は我々第3中隊の識別色だ。中隊のスポーツ用Tシャツやトレーナーも黒だ。そして、タンゴ・ブラックは第3中隊の医療班を意味する。
「イスィ、ブラック・オペラトゥール、フォール・エ・クレール、テルミネー(こちらブラック通信士、音量よく明瞭、通信終了)」
通信兵ナチェフから返事が来た。無線は異常なしだ。あとは軍医のプルキエ少佐と看護官のオアロ上級軍曹が我々の車両に乗り込めば、救急装甲車「VAB SAN」はいつでも発車できる。私は運転席上部のハッチを開け、屋根に立った。VABが2列縦隊で出発を待っている。何台かはアイドリングをしている。VAB SANのエンジンはじゅうぶん温まっているので切ってある。
ふと、VAB車列の合間を、1人の見慣れない格好の兵士が通りがかった。マルチカモの戦闘服とタン色のアーマーを身にまとい、M4小銃を右手に持ち、銃口を真上に向けている。茶色い民間モデルのトレッキングシューズを履き、頭にはグレーのキャップをかぶっている。タン色の塗装を施した、布カバーなしのヘルメットは左手でつかんでいる。
米軍特殊部隊だ。
我々フランス兵は憧れの眼差しを送った。すべてがカッコよかった。一般的にイメージされている特殊部隊員は、筋肉ムキムキでヒゲがモジャモジャだが、その隊員は細身で鼻ヒゲしかなかった。その控えめな感じに好感が持てる。タン色のスプレーを無造作に吹きかけたようなM4は、光学照準器やレーザー照射装置などのアクセサリーがついていて、時代の先端を行っている雰囲気があった。私のFAMASと交換して欲しい。
その隊員は車列を通り越し、FOBの片隅にある施設のドアの暗証番号を押し、入って行った。FOBの中の隔離された施設だ。黒い生地を張ったフェンスでできたゲートと、その端にあるドアが、我々と米軍特殊部隊を隔てている。近いうちに入らせてもらおう。
やがて、軍医と看護官が中隊長や副中隊長らとともに現れた。皆、それぞれの装甲車に乗り込む。私のとなりの助手席には、軍医が乗り、AANF1機関銃の砲塔から助手席に向かって垂れている布製の砲塔用座席に座る。ちょうど狙いやすい高さに上半身が位置する。看護官はミッサニとともに後部ハッチから、周囲を警戒する役だ。
←AANF1機関銃砲塔
軍医のプルキエ少佐は、フランス北西部ブルターニュ地方出身で、フランス軍の医大を卒業し、軍医歴は約10年だが、まだ34歳だ。身長は約170㎝くらいで細く、見た目は華奢だが、持久走はそこそこ速い。穏やかな性格で優しく、教育的で医療のことをいろいろ教えてくれる。アフガニスタンへは、実は2度目で、前回は南部のカンダハルにいたらしい。
看護官のオアロ上級軍曹は、少佐と同じくブルターニュ地方出身で、身長も170㎝くらいだ。もともとはフランス空軍で看護官をやっていた。空軍除隊後、30代半ばで外人部隊に入り、再び下っ端から軍隊生活をやり直し、下士官となったあと、看護師資格があるため、看護官の役職に就いた。現在45歳と高齢だが、足が速いし、実際よりも5、6年若く見える。プルキエ少佐とともにカンダハルに派遣されていたそうで、アフガニスタンは2回目だ。
←オアロ上級軍曹(奥)とミッサニ伍長(手前)
「全隊、出発。」
無線から中隊長の声が流れた。
私はエンジンをかけた。前にいる、ウィルソン上級曹長のVABが進みだした。砲塔に上級曹長の後ろ姿が見える。私は10mくらいの間隔をあけ、発車した。運転席裏に位置するエンジンルームで、ウォンウォンとエンジンがうなる。いよいよだ。
FAMASは運転席左はしの専用スペースに立て掛けてある。弾倉は入れてあるが、薬室に弾は込めていない。「緊急時以外、装填するな」という命令だ。危険度の低い任務だということでもあるが、その確信が私は持てない。
つづく
アフガン体験記は毎週月曜日に更新します。ご意見・ご感想など、お待ちしています。