2013年08月19日

戦傷者Part5

 頭を7.62mm弾で貫かれ、まぶたをパンパンに腫らし、鼻孔・口・喉の気管カニューレのところから小さな血の泡を立てて苦しむ本物の戦傷者が自分のすぐ目の前に横たわっているにも関わらず、演習をやっているような感じがする。

 むしろ、演習のときより落ち着いている。演習のときは、我々が上手いこと対処できるかどうかを点検する係官が存在するが、実戦の場には存在しない。だいぶ気が楽だ。

 点滴を設置した上級軍曹とミッサニは、近くにいた戦闘員に点滴剤のパックを高く保持するよう指示すると、負傷者の衣服を救急救命のハサミでジョキジョキと切りはじめた。

 戦闘員が立った姿勢で、だらんと垂らした手に点滴パックを持って見守るなか、上級軍曹が上着を、ミッサニがズボンを切る。上着の袖は両方ともミッサニが点滴をするために早い段階で切っていた。戦闘服も下着もどんどん切られていき、負傷者は裸にされていく。頭部以外に負傷はないか確認するためだ。

「サバイバル・ブランケットはあるか?」
 負傷者を包むのだ。
「持ってます。」
 私が答える。

「ブリザード・サバイバル・ブランケット」という、日本のモンベル社と英国のマウンテン・イクイップメント社が共同開発した保温効果の高いサバイバル・ブランケットが、私のバックパックに入っている。

 「しまった」と思った。バックパックが1.5mほど離れたところに置いてあり、手が届かない。この現場に合流し、気管切開キットを取り出したあと、そこに置いてそのままなのだ。アンビュバッグを止めたくないので取りにいけない。

 すぐさま私は、そのバックパックの2mほど先から我々の活動を見ている戦闘員に言った。
「おいコワルスキー、そのバックパックをここに持ってきてくれ!」

 コワルスキー一等兵は即座に対応してくれた。私は左手でアンビュバッグを操作しながら、右手でサバイバル・ブランケットを取り出した。ブランケットが圧縮密封され、硬く、レンガのような形になっている。20×10×5㎝くらいのサイズで、色は軍仕様の深緑だ。

「これを開けてくれ。」
 そう言って私はレンガ状に圧縮されたブランケットをコワルスキーに手渡し、開けるのを見守った。

 厚いビニールの密封袋の隅には開けやすいように切れ目が入っているが、それでも開けにくかったため、コワルスキーはズボンの右ポケットから折り畳みナイフを引き抜き、親指で刃を出し、もともとあった切れ目よりも深い切れ目を入れ、緑色のレンガのような本体を取り出した。

「広げてくれ。」
 コワルスキーはいっさい返事をしないまま、ナイフをポケットにしまうと、“レンガ”をほぐし、どんどん広げていく。外側が深緑で内側が銀色の素材が“チャリチャリ”と音を立てる。圧縮されていたシートは広がるとともに、2層構造になっているため空気を含み、膨らんだ。

 コワルスキー一等兵がブランケットを広げているいっぽう、オアロ上級軍曹が負傷者の手首の動脈部分を押さえ、言った。
「橈骨動脈(とうこつどうみゃく)、確認。」

 上級軍曹は点滴チューブのクランプを閉め、点滴投与を止めた。橈骨動脈に脈があれば、とりあえず血圧はじゅうぶんな値になっている。必要以上に点滴を施すと、出血を促進してしまう可能性がある。

 上級軍曹はそばに立つ戦闘員から点滴パックを受けとり、チューブをまとめると、負傷者の腹に置いた。
 ブランケットの準備ができた。負傷者はすでに裸にされ、前面をハサミで切って脱がされた服の上に寝た状態になっている。服が敷物のようだ。

「よし、負傷者を持ち上げる。2人来てくれ。」
 プルキエ少佐の呼びかけで、戦闘員2人が手伝うことになった。

 少佐と上級軍曹は負傷者をまたぎ、中腰姿勢をとる。少佐は負傷者の膝のあたりに手を差し入れる。上級軍曹は腰だ。2人の戦闘員は負傷者の左右にしゃがみ、下敷きとなっている切れた上着の肩や胸あたりをつかむ。

 ミッサニ伍長は負傷者の頭側にひざまずき、両手で頭部を左右から挟んだ。コワルスキーは負傷者の足側に立ち、ブランケットをつかんでいる。

「ノダ、合図を頼む。」
 少佐が言った。私がいっせいに持ち上げるタイミングを決める。喉の気管カニューレからアンビュバッグが外れやすいからだ。私は言った。
「持ち上げ準備・・・、持ち上げ!」

 負傷者の体が30~40㎝ほど持ち上がる。私はその動きに合わせて、アンビュバッグを持ち上げた。
 コワルスキーがすかさずブランケットを少佐の股のあいだから、負傷者の下へと送りこむ。銀色の面が上向きで緑色の面が地面に接する。他の戦闘員が1人現れて、負傷者の右側からブランケットを引いたり押したりして手伝い、ブランケットは負傷者の足から頭までをカバーする位置についた。

「降ろす準備・・・、降ろせ!」
 私の合図で負傷者がブランケットに降ろされた。

 今度は担架を下に通す。ミッサニが携行してきたロール式の携帯担架がある。米国タクティカル・メディカル・ソリューションズ社製の「フォックストロット」という担架で、スリーピングマットのような形状の、薄い柔軟なプラスチック製の素材に、キャリング・ハンドルを左右あわせて6つ、前後に2つ付けたような製品だ。

 ミッサニは1人の戦闘員と頭部の担当を代わり、自分のバックパックの下にストラップで固定してあった担架を取り出し、広げた。

 先ほどと同じ要領で我々は負傷者を持ち上げると、ミッサニはコワルスキーとともに担架を負傷者の下に通し、我々は負傷者を降ろした。

 ミッサニと上級軍曹はブランケットの左右の端を負傷者の体の前で重ね合わせ、肩から下を包んだ。多量に出血すると体温が低下するので体温が逃げないようにする必要がある。たとえ暑い地域でもそうなる。
 ブランケットを負傷者の上からかぶせるのではなく下から包むのは、救急ヘリコプターに載せる時、ローターの起こす風でブランケットがはがされて飛んでいかないようにするためだ。

 ミッサニと上級軍曹はブランケットの重ね合わせた部分をテープでとめ、勝手に開かないようにした。ついに担架搬送を始められる。



つづく

次回更新は8月26日を予定しています。






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Posted by 野田力  at 07:00 │Comments(0)アフガニスタン

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