2013年08月12日

戦傷者Part4

 プルキエ少佐やミッサニ伍長たちは少し畑を進み、土塀を越え、20mほど離れた通路に負傷者を寝かした。通路は塀に挟まれ弾丸は届かないと思われる。

 少佐とミッサニは負傷者を見て愕然とした。そんなに粗い搬出をしたつもりはなかったが、頭部の圧迫包帯も、喉のチューブも、点滴も外れて無くなっていた。いちからやり直しだ。

 負傷者は声を出さずに、モゾモゾと苦痛にもがいている。鼻孔や口、そして喉の切込み穴からは、血が出てきて泡を立てたり、また内部に戻ったりしている。血に少々邪魔されながら呼吸しているということだ。

 少佐はミッサニに再度点滴を施すよう指示すると、医療バックパックから縫合キットをとりだし、後頭部の射出口を縫い始めた。搬出のために来た戦闘員の1人が頭部を支える。

 ミッサニが新たな点滴を施し、カテーテルやチューブをテープや包帯で固定しているあいだに、少佐は射出口の縫合を終えた。3針縫った。あとは射入口だ。

 そんなとき、再び銃撃音が響いた。段々畑のほうだ。ここは壁があるので大丈夫だろう。

“ビシッ”

 大丈夫ではない。土壁の上部に弾丸が撃ち込まれた。少佐はもう少し遠ざかるべきだと判断し、4人で負傷者を運び、さらに5mほど進み、角を曲がり、10mくらい進んだ。

 負傷者を降ろし、少佐とミッサニは再び愕然とした。また点滴が外れていた。平らな通路を15mほど進んだだけなのに・・・。もしかしたら、誰かの銃やポーチがチューブに引っ掛かって外れたのかもしれない。

 ミッサニが3個めの点滴の準備を始めようとすると、少佐は言った。
「点滴チューブを切って、15㎝くらいのチューブを何本か作ってくれ。」

 ミッサニは不思議に思いながらも、チューブの切り出し作業を始めた。いっぽうの少佐は射入口の縫合を始める。2針縫った。これで「圧迫包帯が外れる」などの心配はいらなくなった。

 ミッサニが15㎝ほどのチューブができたことを伝えると、少佐はチューブを1本とり、負傷者の喉の切込みに刺し込み、最後部と喉の皮膚を安全ピンで刺して留めた。チューブが気管内に入りこむことを防ぐためだ。しかも抜けることもないだろう。

 ミッサニは少佐のこのアイデアに驚愕したという。2人の医療装備に1個しかなかった気管切開キットを紛失し、どうしようもないと諦めるのではなく、別のもので即製する少佐を彼も私も尊敬せずにはいられない。

 少佐が2本めのチューブをとる。1本では、直径が小さく、通る空気の量はわずかだろうが、何本か差し込めば、より多くの空気が通る。注射針を何本か刺して助かった例もあるくらいだ。

 そんなとき、少佐とミッサニは20mほど離れたところから私の大声を聞いた。
「少佐殿、今行きます!」

 こうして私が応援のため、合流し、2つ目の気管切開キットが少佐に手渡された。

 少佐は点滴用チューブを切って作った気道用の管を負傷者の喉から取りはずし、気管切開キットに入っている気管カニューレというチューブを差し込んだ。

 そして、2つ目のチューブは絶対に脱落させまいと、縫合用の針と糸でチューブのストッパーのヒレの部分を、首の皮膚に縫い付けはじめた。

 その作業をやりながら、少佐は私とミッサニに指示を出す。私は合流したばかりで、状況がはっきりと把握できていないため、指示が欲しい。

「HyperHES(イペレス)を点滴しろ!」

 HyperHESとは我々が持っている点滴剤のなかで最も塩分が高い。深刻な出血多量のときに用いる。これが今必要なのだが、私はこの点滴剤をバックパックに携行していなかった。

 出血の度合いや負傷の種類によって、用いる点滴剤が変わってくるため、我々医療班は3種類の点滴剤を使用するのだが、私はHyperHES以外の2種類を携行していた。

 オアロ上級軍曹とバディーを組んだとき、彼がHyperHESを携行することになったのだ。我々2人に1つだけしか支給されなかった。フランス軍はHyperHESをあまり保有していないのだろう。

 私は言った。
「上級軍曹がHyperHESを持っています。」

「上級軍曹! HyperHESをくれ!」
 オアロ上級軍曹がこの場にいないことを知らないらしく、プルキエ少佐は声を張り上げた。

「了解!」
 なんと私の後ろからオアロ上級軍曹の声が聞こえ、合流したばかりの上級軍曹が私の横に現れた。私は気づかなかったが、少佐には彼が駆けつけてくるのが見えていたのだ。

 フォリエッジ・グリーンのキャメルバックBMFを背中から地面におろし、HyperHESの液体の入ったパックと点滴チューブを取り出し、準備にとりかかった。

 負傷者の左前腕の内側においては、ミッサニがすでに誘導針付きカテーテルを静脈に刺しているところだ。右腕にはすでに2度刺しているので、今度は左腕だ。

 カテーテルはスムーズに入っていく。カテーテルより少し上の静脈を指で押さえ、血流を抑えながら、誘導針を抜く。

 上級軍曹が準備したばかりの点滴チューブの先端をミッサニに差し出す。先端までHyperHESが行き届いている。ミッサニは右手で受け取ると、親指でチューブ先端のキャップを外した。そして、そこを左腕のカテーテルに接続し、フィルムやテープで固定した。

 そのあいだ、私にもちゃんと仕事はあった。

 負傷者の喉に気管カニューレを縫い付けた少佐は、「アンビュバッグ」というラグビーボール型の風船のような、揉んで空気を送りこむ医療器具を取り出し、気管カニューレに接続した。

「ノダ、アンビュバッグを頼む。」
「はい、少佐殿。」
 私は負傷者の左肩のそばにひざまずき、アンビュバッグを右手で揉み始めた。

 私は衛生兵課程のときに習ったとおりの方法で、アンビュバッグを“シュー、シュー”と、親指先端と人差し指や中指が触れるくらいまで揉みきった。

「そうじゃない。こうするんだ。」
 少佐が落ち着いた口調で言い、アンビュバッグに手を伸ばしてきたので、私は手を引いた。

 アンビュバッグをつかんだ少佐は、“シュッ、シュッ、シュッ、シュッ”と、素早く小刻みに揉んだ。
「わかりました。」

 私は少佐に告げると、再びアンビュバッグを受け持ち、少佐の教えてくれた方法で揉み始めた。“シュッ、シュッ、シュッ、シュッ、シュッ、シュッ、シュッ、シュッ・・・・・”。

 この瞬間から後方の医療班に負傷者を引き渡すまでの、私のノンストップな単純作業が始まった。単純だが、同僚1人の命が関わる重要な作業だ。責任を感じた。

 少佐がこの揉み方について解説をする。私は揉みながら聴いた。
「肺に血が入り込んでいて、空気の入るスペースが小さくなっている可能性がある。空気をたくさん送りこむと、入りきらない空気が胃にまわり、嘔吐してしまうかもしれないから、こうするんだ。」

 なるほど!軍医はすごい。私は負傷者の状態を考えず、教科書通りのやりかたでアンビュバッグを揉むくらいの頭脳しか持ち合わせていなかったが、少佐はしっかりと対応し、しかも、戦場で落ち着いて私にそうする理由を説明し、納得させた。

 私がアンビュバッグを受け持ってからは、少佐はもっぱら、負傷者の状態を記す「フィールド・メディカル・カード」の記入と、我々に指示を出すほうに徹し、医療行為は我々3人で行なう形となった。演習で何回かやった状況だ。



つづく

次回更新は8月19日を予定しています。






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Posted by 野田力  at 17:16 │Comments(0)アフガニスタン

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